つらいことも楽しいこともあった飛び込み営業職の経験を振り返る

私は飛び込み営業をし始めたとき、最初はまったく売れなくて、「つらい、つらすぎる、鬱だ」「会社に行くのが怖い」「やめたい、転職だ」とばかり思っていました。

結果としては、すぐにはやめずに数年間も続けることになりました。

今振り返ってみると、楽しいこともありました。ありがたくも面白い経験を積めたなと考えています。

飛び込み営業職について、興味がある人に向けて、あるいは、しんどいと思っている人に向けて、どんな仕事だったのか、参考に私の経験談を載せておこうと思います。
(つらいと思っている新人営業マンには頑張ってほしいと思います)

まあ、もしも、もう一度、職業選択の就職活動時代に戻れたとするなら、過去の自分には「やめておけ」と言いますが……(´Д`)

飛び込み営業職を選んだ理由

私が飛び込み営業職を選んだ理由は3つあります。

  1. いわゆる文系出身で就職に役立つような専門知識をなにひとつ学ぶことなく育ってきた人間だったからです。
  2. 私がひきこもり人間であり、視線恐怖症、対人恐怖症や会話下手をなおしたいと思っていたからです。コミュニケーション能力とやらがつくかなと思っていたのです。
  3. 性格適正検査を受けて、私に一番適正が低い職業として出てきたのが、個人を対象としてた新規の飛び込み営業だったからです。その性格適正検査に書かれていた向き不向きの職業の結果は、自分のような人間なら確かにそうだなと納得できるものでした。なので、最も向いていないことを早めに一度は経験しておこうかなと考えたのです。どれだけ適正がないのか。本当に適正がないのか。性格的に適正がないとは、どんな感じなのか。

今考えると、かなりアホだなと思っています。どう考えてもアホだなと思っています。

どんな営業会社を選ぶかについては、私は給料や勤務地などで選びました。
業種にこだわりはありませんでした。

口下手をなおしたいというアホな理由と適正の低い仕事で苦労しておこうくらいの低いモチベーションしかありませんでしたので、長く続けるつもりもなかったからです。

今考えるともっと戦略的に選ぶべきだったと思いますが、周りにアドバイスをしてくれる人がいなかったですし、バカな自分らしいです。
(もし営業職を希望している人が読んでいるなら、なにを売る営業職になるかはよく考えた方がいいです)

飛び込み営業会社に入社・研修【楽しい平和】

入社したばかりの頃は、まず研修でした。
次いで、座学と実演の研修が終われば、上司や先輩社員の営業同行で後ろについて営業のやり方を学びます。

この時期は、とくにつらいこともなく幸せな時期でした。

後ろから見ている分には、そんなに大変そうには見えなかったですし、みなさん契約も取れていたので「自分でもできるかな」と、のんきに考えていました。

 

自分ひとりで飛び込み営業を開始【お客さんからのつらい拒絶】

見ず知らずの土地で、見ず知らずの家のインターホンをドキドキしながら押す。
とっさに言葉が出てこなくて、たどたどしい営業トークで、それでも頑張って話す。

そんな新人営業マンになった私なのですが。

想像以上に売れませんでした。そして、想像以上につらかったです。

私のやっていた飛び込み営業は、個人宅(戸建て、マンション)対象がほとんどで、まれに事務所などにも営業をかけるといった営業でした。

まず最初につらかったのが、お家のインターホンを押して、出てきてくれたお客さんから向けられる目がつらかったです。

人生において普通に生活していれば、滅多に向けられない目で見られることが多々ありました。

ゴミや犯罪者を見るような冷たい視線や、得体の知れない存在に向ける警戒心や恐怖心のこもった視線を向けられるんです。

「えっ、こんなにも冷たい目を向けられるの!?」と衝撃を受けていました。

割合としては、ハッキリと覚えていませんが、自分ひとりで回り始めた頃は体感として30%くらいはそうしたかなり冷たい反応でしたし、80%くらいは歓迎されていない反応でした。

話をまともに聞いてくれる姿勢が相手にはなく、最初から拒絶態勢で門前払いが多かったです。(これをどうにかするのが営業マンの仕事なのですが……)

私の営業力不足が原因でもあったのですが、飛び込み営業マン自体に対しての風当たりの強さもありました。

元々はコミュ障をなおすために始めたくらいなので、自分がすぐに売れるようになるとは思っていなかったのでそれはよいのですが、想像していた以上の拒絶反応にさらされて心が病み始めました。

冷たくあしらわれ続けると、なんだか「自分は悪いことをしているんだろうか?」と悲しい気持ちになってしまいました

そして、「自宅でプライベートの時間を過ごしている人が、事前アポもなく、いきなり訪問してきた人間の話を聞いてくれるわけがない。ましてや商品なんて買ってくれるわけがない。飛び込み営業なんて今の時代じゃ無理なんだよ」と考えるようになっていました。

 

外回りをし始めて2,3日くらいは、衝撃を受けながらもワクワクドキドキする気持ちもあったのですが、2週間も経つ頃には心はぽっきりと折れていました。

もうこんな仕事はイヤだ。なにをどうすればいいのかもわからないよ」と、そんな気持ちでいっぱいでした。途方にくれていました。

夕方の公園のベンチで黄昏れる売れない営業マンになるのに時間はかかりませんでした

 

飛び込み営業の会社って体育会系というか恐怖統治【会社に行くのが怖い】

他の営業会社はどうなのか知りませんが、私のいた飛び込み営業会社のスタイルは少し体育会系だったなと思いますし、信賞必罰がはっきりしていました。

売れる人間は称賛される文化があります。
そして、売れない人間は糾弾しまくるという文化があります。(恐怖政治、恐怖統治、恐怖体制と陰で言われていました)

営業成績は当然、貼り出されています。

毎月いくつの契約を取ってっくるつもりなのかを宣言します。
その本数から、毎週、毎日の契約本数をチェックされます。

営業会社にとって売れない人間とは、給料泥棒という名の犯罪者です。
会社の規定する最低限の営業ノルマを達成できない人間は悪なのです。
(営利会社の営業会社から当然の論理ではあります……)

 

私のいた会社は新人採用枠でも中途採用枠でも、2か月、長くて3か月やっても売れない人間、売れる気配のない人間はクビもしくは左遷になる仕組みでした。

なので、新人だからということで優しく教えてもらえるのは研修期間も含めて、入社してから1か月程度でした。

一か月と2週間くらいが経つと、新人でも売れないと下記のような扱いをされ始めるようになります。

朝礼でまず「なんで自分で宣言した本数売ってないんだよ!」みたいな感じで上司から怒鳴られます。
(実際は自分で決めた本数ではなく、会社の規定のノルマ本数を雰囲気で強制で言わされるだけというのが実態です)
営業現場から営業事務所に帰るまでの間、上司から詰問され続けられたり。
帰社後の夕礼でまた上司からひたすら怒鳴られたり。
売れている社員から「お前が怒られてると帰るのが遅くなるんだよ、カス」みたいな追い打ちをされたり。
ついでに、営業現場でもたまにお客さんから怒鳴れらたり。

とりあえず、怒鳴れまくりの日々でした。

これは私に限った話ではないので、入社まもない新人に実態を隠そうという短い期間を越えれば、売れない先輩社員が周りからどういった扱いを受けるのかは目の当たりにしていました

目の当たりにしていたので、そうはならないように頑張ろうという気持ちはあったのですが、元々の口下手にプラスして、実際の飛び込み営業現場でのお客さんの反応を経験して、上述のように頑張る気力をすでに失っていたので、私は怒鳴られ要員の筆頭になっていました。

当時の営業所において、(売れない社員は次々といなくなっていくので)新人である私が一番売れていなかったですし、周りから見てもやる気が感じられなかったのだと思います。

振り返ってみると、あの時期は、毎日とにかく上司に怒鳴られていた記憶しかほとんど残っていません

私は繊細で気弱な人間なので、怒鳴られて反骨精神でやる気がみなぎるといったタイプではなく、怒鳴られると萎縮してしまうタイプの人間です。

毎朝、会社に行くのがとても怖くてイヤだったのを覚えています
会社に向かう途中で、何度も逃げ出したい気持ちに駆られました

会社に行っても誰とも目を合わせないようになっていたのを覚えています
透明人間になりたい、消えたいと思っていました
会社にいる間は苦痛で、恐怖でした

なかなかにつらい時期でした。

きっと、私の人生において、あそこまで毎日怒鳴られるという経験は最初で最後だろうなと思っています。

貴重な体験を積ませてもらったなぁと、今ではそう思っています。

 

解雇宣告【つらい日々からの脱却】

いつ「やめます」って言おうかなと考えながら、死んだような日々を過ごしていましたが、転機が訪れました。

なんと出張です。

営業所の人間の幾人かで2か月ほどの出張に行くことになりました。
自分の出張も確定事項のように語られました。

自分のような売れない人間も行くのかと愕然としましたが、とりあえず「やめます」というタイミングを逃してしまい、あれよという間に出張先に飛びました。
(出張を知らされたのは、直前の週末です)

初めて見る他の営業所の風景。同じ会社の営業所でもそれぞれに雰囲気が違うのが新鮮でした。

環境は少し変わりましたが、私は相変わらず売れていませんでした。

この出張が終わったら「やめます」と言おう。それまでの我慢だと思って耐えてました。そう思えば、怒鳴られることにも耐性がつきました。

そんなこんなで過ごしていたら、出張先である日に上司から言われました。
「来月売れなかったら、わかってるよね?」

解雇(もしくは左遷)の前宣告です。

「えっ、このタイミングでその話が来るのか」と私は焦りました。

解雇されること自体は別に歓迎することだったのですが、極度に面倒くさがりの私がまず考えたことは、次のことでした。

「出張先から帰宅して、準備時間もなしに社宅契約の住居からの引っ越し手続きをするのはイヤだな。どこに引っ越すのかを考える時間がない。次の職を考える時間もない。それは困る」

次に思ったことが、「せっかく不向きとわかっている営業職を選んだのに、何も成果を出せずにやめさせられるというのももったいないんじゃないか」

その次に思ったことが、「経歴書に営業職を数ヶ月でやめたとなると、ただでさえヤバイ経歴書がさらにヤバイことになるぞ」

とても自分中心で利己的なことばかりが頭に浮かびました。
仕事についてや、会社についてなど周りのことなどは浮かびませんでした。
(自分視点しか持てていない視野の狭い人間でした)

そして、これが自分なんだよなと思いました。
「ダメな人間なんだよ」と。

でも、だからこそ、どうせなら最後に、思いっきりダメ人間になろうと思いました。

自分が思い描いていた営業マンを目指して、自分の好き勝手にやりたいようにやりきって、それでダメなら何の未練を残すことなくやめよう、と思いました

この時に、踏ん切りがつきました。
気持ちが切り替わりました。

自分なりのやり方でとりあえず頑張ってみようと。

 

売ろう、売るしかない【楽しい飛び込み営業】

自分なりのやり方で頑張ろうと考えたときの私は、問題だらけの状態でした。

その当時の頭の中では、下記のことが回っていました。

「教えてもらった通りにやったんだけどムリだったよ」
「怒鳴るばかりで、どうすれば売れるのか教えてもらえてないんだからムリだよ」
「上司Aの言うことと上司Bで言うことが違っていて、どうすればいいのかわからないからムリなんだよ」
「素直に受け入れのがコツとか言うけど、人によって違うこと言うし、自分と同じタイプの人いないからムリだよ」
「今の時代、飛び込み営業なんてムリなんだよ」
「最初に結構ですって、断られたらもうムリじゃないかよ」
「自分の容姿や話し方じゃムリなんだよ」

会社の制度や上司への不満、飛び込み営業という職への不満、自分という人間への不満

言い訳ばかりに思考がむいて、笑ってしまうほど、不満に対する解決策を考えていなかったです。

 

自分は前向きで明るく社交的な人間ではありません。
ガツガツ押して行けるような肉食系の人間ではありません。

はっきり言って、元々が飛び込み営業の会社にいるのがおかしい人間なのです。
会社で周りの人が当たり前だと思っていることを、自分は当たり前だと思えない

今、振り返ってみればですけど、当時に最もストレスだったのは、周りのアドバイスを信じることができなかったこと、違和感を覚えることだったのではないかと思います。

怒鳴られること自体もイヤでしたが、それ以上に怒鳴られる内容に頷けないことの方がもっとイヤでした。

 

営業は対人コミュケーションの仕事なので、どうしたって営業スタイルには人の個性が出てきます。

いくら営業の鉄則はあるからと言って、自分と正反対のような性格の人の教えを迷いなく実践することはできなかったし、迷いのある状態で実践したところでよい結果になるはずもありませんでした。

ただ、自分では、一応は教えられたとおりにやってみたという思いはあるのに、できない。

そして、「どうして、できないんだ!」と怒鳴られるので、ズレがありました。

営業先でお客さんに拒絶されることはつらいことでしたが、その現状や気持ちにどう向き合っていけばいいのか、そこを解決できていないのに、「なんで売れないんだ」と怒鳴られることにズレがありました。

会社内という本来なら自分のホームである場所で居場所がない、周りとの間にあるズレみたいなのをどうすればいいのかわからないこと、それがつらくてストレスに感じていたように思います。

自分は本来の自分のやり方でやろうと振り切れたことで、当時は明確に意識できていたわけではないですが、周りとのズレによるストレスはなくなり、思考を問題解決のために使うようになりました。

頭の片隅に意識して、心に秘めて目指した営業スタイルは「とにかくお客さんに嫌われない、拒絶されない営業スタイル」、「口下手でコミュ障で暗くて、後ろ向きな人間でも、ダメな人間でも、それでも、なんとか売れる営業手法」でした。自分というダメな人間性でも売れる方法が欲しいと思いました。

会社の文化、方針、模範的な営業スタイルとは違う営業スタイルだったと思います。

(新人のくせに)押していく営業よりも、どちらかというと誘っていく営業を目指すことにしました。

 

自分の人間性に合う方法や、自分の目指す営業スタイルに近いことをやっている営業マンが当時の周りにいませんでした。(いたら、きっと最初から売れていたでしょう)

なので、トップセールスの人が言っていた言葉、「売り方なんて人に教えられなくても、真剣に考えれば自分で思いつくでしょう」を実践することにしました。

誰かや何かを言い訳の元にするのではなく、自己責任のもと、指示や指導内容を自分解釈で勝手に実行するようになりました

 

かなり反抗的な態度を取る奴だと、思われていたようですが、反抗することが目的ではなく自分なりに頑張ろうと思った結果でしたし、もはや周りの目を気にすることはなくなっていました。

周りを気にしても、自分の営業が良くなるわけではなかったからです。

どれだけ怒鳴られても、まったく気にすることもなくなっていました
自分の営業を良くすることだけを考えるようになっていました

 

例えば、会社ではアプローチ段階では「明るく、笑顔で、堂々と」と教えられていましたが、無視するようになりました。

アプローチの目的はお客さんに話を聞いてもらえる態勢を取ってもらうことで、そのための方法はひとつではないと考えたからです。

「明るく、笑顔で、堂々と」みたいなのは自分には向いていないと判断しました。
目的さえ達成できれば、方法はなんでもよいと割り切っていました。

 

とはいえ、我が道を進むことにはしましたが、(所々の)営業手法を参考にするために教えてもらいたいと思うことは多々ありました。

なので、「私のような売れていない、やる気もなかった人間に対して、どうすれば他の人は教えてあげてもいいと思うんだろう? 誰だったら教えてくれるだろう?」と、そういったことを考えるようになりました。

(社内での振る舞いを考えることと、営業先での振る舞いを考えることは、本質的には同じなんだということには後に気づきました)

奇特にも、一人の先輩社員が私の面倒を見てくれるようになりました。(大変にお世話になることになりました。本当に感謝しています)

 

そんなこんなで、思考スタイルを本来の自分にしてからは、思考停止することなく、主体的に解決に向けて動いていくようになりました。

冒頭で挙げた不満も、以下のように取り組むようにしました。

「人によって言うこと違って、どうすればいい」
「自分と違うタイプ過ぎて、教えを素直に実践する気になれない」
→○○件は自分の気持ちや考えは完全に捨て去って、とにかく完コピで人の教えを本気で実践してみる。人それぞれで教えに違いがあるなら、全て試している。
→自分がよいと思って考えたやり方も当然に実践する。

信じるとかどうとか、誰々の意見だとか、自分の主観や考えだのはどうでもよく、ABテストのように、とにかくどの方法がよいのか実際に試してみて、成果が出たやり方を純粋に迷いなく取り入れていくようにしました。

素直さとかひねくれとか、そんな性格要素に左右されるやり方では自分にとっては非効率になると思ったからです。

結果としては、人の言うことの方が良かったこともありますし、自分の言ったことの方が良かったこともありました。思い込みはダメだということを、実感しました。

「今の時代、飛び込み営業なんてムリなんだよ」
→周りには売れている人間が何人もいるんだから、ムリと考えるのはおかしい
→売れている人間で、自分に最もタイプが近い人の方法を完コピで実践して試してみる

思い込みをなくして、やはり試して結果を見るようにしました。
それだけでなく、国が公表しているデータや自分が手に入れらるデータを調べてもみました。

→今の売っている商品の業界全体の利用状況はどうなっているだろう?
→家庭は自分が売っている商品を、どのルートで買っているのだろう? 飛び込み営業で買っている人はどれくらいいるんだろう?

ちなみに、このときに調べたデータは、そのまま営業時にお客さんから信用を得るために使用することもありました。
(国のデータという権威性は、一部のお客さんには効果的な営業資料でした)

結論としては、飛び込み営業が昔に比べて時代にそぐわない方法なのは事実だとしても、全く売れないということはないというものでした。
売れないのは単なる自分の実力不足なんだと、自覚するようにしました。

 

営業の外回りの現場でも、今までと取り組み方は変わりました。

例えば、お客さんに怒られてしまったとき。

「この人は私という一個人の人格に怒ったわけではない」「この人は私という営業マンに対して怒ったのだ。じゃあ、なんでこの人は営業マンに怒ったんだ? 怒り? 警戒心?」「じゃあ、なんでだろう?」

お客さんの行動の裏にある気持ちに目を向けるようになりました
お客さんに傷づくことは(あまり)なくなりました。それは興味に変わりました。

「無理矢理に売りつけられると考えているからだ」「自分の興味のない話を長々と聞きたくないからだ」「都合を考えずにいきなりやって来て、自分にとって得がないからだ」

気持ちに目を向けると、どうすればその気持ちを動かせるのかを考えるようになりました

「無理矢理に売りつけることはしません」と最初に伝えてみよう。
「興味のない話かどうかは1分だけ聞いて、そのときに判断してください」と時間を区切ってみよう。
「せめて礼を尽くそう。できるだけ得を提示しよう」と考えよう。

興味は、相手への気持ちを思いやることに変わりました

相手の気持ちや事情を考えられない、自分がつらいとかどうでもいいことばかりに目を向けていた、無価値どころか害でしかなかった営業マンだった私が、多少はお客さんのことを考えられるようになった時期でした。

 

以下、当時の自問自答の様子です。

「イヤそうな顔した暗い営業マンと誰が話したいと思う?」
「誰だって楽しそうな人と話したいに決まっている!」
「とにかく自分が楽しみまくるのが始まりだよな?」

「いきなりやってきた人間にお金を払うんだぞ? 自分だったら絶対にイヤだぞ」
「人は無価値なものにお金を払うか? 商品がどうのこうの前に、私という営業マン自体に価値を感じてもらわないといけない」

「せっかく相手の時間を頂くことになるんだぞ?」
「自分がお客さんに提供できる価値はなんだ?」
「商品をわかりやすく説明できるのは当然として」
「自社商品に興味がある人も興味がない人も、万人に等しく価値があるのは笑いだ」
「絶対にどんな人でもどんな対応をされても、最後は笑顔で別れる」

「というか、正直、お客さんにイヤな対応されると心が折れるから」
「お客さんの反応でいちいちモチベーションを落としたくない! そんな時間もない!」
「っていうか、もう、だから、お客さんには笑顔になってもらう」
「人はどんなときに笑うんだ? 30秒以内で!」

結局のところ、メチャクチャでよくわからないことを考えていたし、方向性も自分がラクになりたい、楽しみたいということが根本にありましたが、そこはダメな自分の限界と受け入れていました。それでもお客さんのことを考えるようにはなっていました。

諦めた自分の人間性はともかくとして、売れないという現実を見つめてみるようになると、自分の営業力が問題だらけということがよくわかりました

売れる社員の後ろに営業同行したときに、自分はなにも見えていなかったのだなと痛感しました。

きっと、みんながそれぞれに工夫をしていたはずなのです。それを見逃していたのだなと。

自分が売るという行為を、飛び込み営業という職業をいかに甘く考えていたのかを実感していました

1つ課題が見つかって、仮説を立てて、実行して、克服したと思っても、それでも、成約という結果にまではつながらなくって。
営業の世界では、成約になるかどうか、0か1の世界です。

目指す結果に辿り着くには、毎日毎日、どんどん課題が見つかりました。

そのことが、自分の実力不足とやる気不足の証明で、窮地に立っていたわけですが、同時に、少し嬉しくもありました。

いかに自分が漫然として営業という仕事に取り組んでいたのか
だから自分は売れなかった。こんな自分が売れるわけがなかった。売れなくて当然。

見つかった課題を全て解決できたなら、自分でも、自分のやり方でも今よりもっと売れるはずとはっきりと思えたからです。
嫌われない営業だってできるはずと思えたからです。
飛び込み営業という職自体が悪というわけではないはず、と実感と共に自分に言えたからです。

その頃は、役に立たない教えで怒鳴り声を浴びせてきた会社の人に、冷たい反応で拒絶してくるお客さんに、まったく売れない自分に対して、自分の考えを証明したいという思いを強く抱いていました。

だから、「売ろう! 売るしかないんだ!」と思って、行動していました。

見つかった課題は山のようにあったわけですが、一か月で売れるようにならないといけない。
毎日毎日、試行錯誤を急いで繰り返していました。

寝るのが怖かったのを覚えています。
明日は契約を取れるんだろうか。
そう怯えながら電気を消して、布団に潜り込んで。
寝落ちして意識が途絶える直前まで、営業トークをつぶやいている日が続きました。

あの頃は、わりと頑張って営業トークを練習していたと思います。

でも、それでも、一か月ですべての営業トーク上の課題を克服するなんて、自分の能力じゃ無理なのは明らかでした。目標成約数を達成できるようになる営業トークを身につけるには時間が足りていませんでした。

ということで、「営業トークだけに目を向けるな」と私は考えました。

一日の仕事を振り返って、自分の営業の仕事で簡単に効果を上げられる部分はないだろうか?
仕事自体に戦略が必要だ。仕事全体を最適化していこう。と考えました。

カッコよく言ったところで、私の仕事ではできることなんてほぼない。
とりあえず、ムダな社内交流は削っておくくらいでした。

なので、どうせ今月ダメだったらクビなんだからと、
私は「みなさんと違って○○をしたいんですけど、いいですか」と協調性を無視した個人プレー提案を少しドキドキしながらしてみました。

そしたら、あっさり通りました。

ありがたいことに「勝手にしろ」状態だったのでしょう。
周囲の人間は、売れない人間があがいてるのを呆れていたり、面白がっていたりしたような気がします。

まあ、そんなこんなで自分なり飛び込み営業とはなにかを追求しながら一か月を過ごしました。
(この時期が、私の人生で最初で最後の努力期間でした)

結果としては、会社に残ることができました。
売上本数は先月比のグロスで4倍くらいになっていました。
(それまでが、いかに売れていなかったのかがわかる数字です)

同じ人間でも、営業方法を変えるだけで営業成績が明確に上がったことに、不思議な気持ちでした。

 

お客さんからは「あなたが来てくれてよかった」という言葉をもらえるようになっていました。
最初に「うちは結構です」という反応をしたお客さんからも「なんだ、いいじゃん。やるよ」という言葉をもらえるようになっていました。

お客さんと楽しく話せるようになっていました

お客さんに喜んでもらえるようになったのが、嬉しかったです。
断られ続けるだけの日々から脱却できたことが、嬉しかったです。
(冷たい反応で断れることも格段に減りました)

一か月前と同じ人間が営業をしているのに、お客さんの反応が明確に違うことに、不思議な気持ちでした。

 

ダメだったのは、飛び込み営業職ではなかった。(それもありますが)
ダメだったのは、下手な営業しかできない自分だった

という現実を知れて、それをどうにかできたことが嬉しかったです。

飛び込み営業だって、気持ちよくお客さんに売るだけの実力があるのなら、楽しいと思える仕事でした。

 

ちなみに、周りの人たちからも、下のような(たぶん)温かい祝福の言葉をもらえました。

「えっ、急にどうしたの。なんか目覚めっちゃたの」
「本気でやれば誰だって売れるんだよ。最初からやっておけよ、タコ」
「ようやくゴミ階級が人間階級になったのか、迷惑料は返せよ」

ようやく、会社の人たちの顔をまともに見ることができるようになりました。
ようやく、社内で人間扱いされるようになりました。
(営業会社では、営業成績を出せない人間には人権が、発言権がないわけですが、人間になれました)

これも嬉しかったです。

怯えずに会社に行ける。
本来なら当たり前であることができるようになっていたのが、自分としては尊くて嬉しかったです。

売れなくて途方にくれていた自分からは想像もできなかったことです。

会社のみんなと同じ土俵に立てるようになったことが嬉しかったです。

 

飛び込み営業に対しての性格適正【つまらない。退職だ】

頑張った1か月を過ごした私は、また、その次の月から次第にやる気を失っていきました。

会社の人たちとの関係は改善され、仕事終わりの交流などとても楽しく過ごすこともできるようになっていました。

一度、売り方を身体で経験して学んだので、営業成績も改善されました。

でも、やる気は失っていきました。

営業能力は上がったはずなのに、営業成績はあまりあがりませんでした。

ブックオフで過ごす立ち読み時間は増えたし、お店や車内で過ごす時間も増えたし。

すぐにダメな奴に戻っていました。

やる気を失っていった理由は2つでした。

ズルイ売り方をする人が会社に評価されるし、高い給料をもらえる。

罪悪感を感じないのだろうかと思うような内容の契約を多く取ってくる人がいました。

でも、そういう人が評価される会社でした。

契約の取り方は法律違反しなければ、また、大きなクレームにならなければそれでよいという方針でした。

契約本数が全てでした。

まっとうな営業を心掛けている人にとっては、居たいと思う環境ではありませんでした。

 

 

会う人会う人に毎回同じ内容の話をする仕事は飽きる

営業って、会う人会う人に毎回同じ内容の話をする仕事なので、飽きます。これは精神的に苦痛でした。

私が扱っていた商品は単純な商品だったので、工夫する余地が少なかったということも大きいです。

慣れて営業ノルマに怯えることがなくなって、そして、仕事へのモチベーションがなくなっていると、飛び込み営業という仕事そのものがつまらなく感じるようになりました。

もし、限界まで頑張って工夫しようとする気持ちがあればまた違ってのかもしれませんが、私はズルをしている人やそれを容認している上層部ばかりの会社で頑張ろうという思いがでてきませんでした。

お客さんに断られ続けていた頃に感じていた虚しさとは、別の虚しさです。

仕事内容に発展性がないことに対して、漠然とつまらなさを感じていました

お客さんのタイプは千差万別だし、その時々のタイミングにも左右される仕事であり、機を見る必要のある仕事であり、刺激がないわけではありませんでした。

けれど、会話のゴールは契約を結ぶことであり、そこに至るまでの道筋はある程度パターン化されています。

また、会話センスのない私は、とっさの場面で反射的に言葉が口から出てくるように営業トークを練習していたわけですが、そうすると、会話という行為を作業的に感じることもありました。

年間で、仕事で話すことになる人は数千人になります。
うまくは言えないのですが、毎日たくさんの人に会って、会話することが心の底から楽しいと思えなかったのです。

人と話すという行為そのものが好きという社交性の高い人や、仕事上で高い目標を掲げて取り組める向上心の強い人には向いている仕事なのでしょうが、私には性格的に不向きだなと改めて感じていました。

性格診断のテスト結果は、正しかったとこの時点で感じました。
売れなくてつらいのではなく、売れてもつらい
仕事ができるようになっても、じんわりとくるつまらなさを感じることがわかりました。そして、これが地味だけどつらい。

私としては、多くの時間を占めることになる仕事は、能力がどうこうよりも性格の向き不向きが大切だと実感しました

私は仕事を楽しみたいと思う人間でした。
とにかく自分が楽しいと思える仕事をしていきたいと思いました。

 

また、視線恐怖症、対人恐怖症や会話能力不足の克服ために選んだ仕事ではありましたが、私にとっては会話能力の改善には多少は役立ちましたが、視線恐怖症、対人恐怖症の改善にはあまり役にたちませんでした。

改善はできなくても原因はわかったので、私としてはこれ以上営業の仕事で得たいものはなく、それで満足でした。

入社当初の事情に対して、自分なりにすべて解答を得てクリアになっていました。

ということで、惰性でズルズルと続けていたという状態がしばらく続きましたが、ある日、自分の所属する営業事務所の社員が同時にやめる機会があったので、「この機会を逃したら辞表を出す勇気なんてないよ、このビッグウェーブに乗っかるしかない」ということで退職するこにしました。

これが、私の飛び込み営業という職の経験になります。

私にとって飛び込み営業は、激烈につらい→楽しい→地味につらい、つまらない、とそんな仕事でした。

 

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