ひきこもりニートがつらいと思うこと8選

ひきこもりニートは精神的なつらさを抱えながら生きているものですが、つらいなと思ったことを列挙してみたいと思います。

自分の経験を振り返ってみて、つらいことを列挙しているだけなので、真面目な内容でもないですし対策などは書いていません。

 

家族に微妙な対応をされるとつらい

ひきこもりニートをしている人間に対して、家族が取る対応はいくつかありますが、ひきこもりニートのメンタルは繊細で自分勝手なのものです。

コミュニケーション力や子育て能力が低くてて、相手がなにを望んでいるのかわからない家族や、ひきこもってしまった人間を本気でどうにかしようと思っていない家族の中途半端で微妙な対応をされると、ひきこもりニートのメンタルは余計にストレスを感じることになるものです。私はそうでした。

やさしい対応される

「疲れているんだから、休憩する時期があってもいいんだよ」
「できることから始めていこう」

のようなやさしい言葉を投げかけてくれます。(特にひきこもり初期の頃は)

けれど、そういったやさしさをもらっても、そのやさしさに応じることができないということに罪悪感を感じてつらいと感じていました。

あるいは、欲しいのはやさしい言葉ではなかったので、内心で「違う」と思うことにも罪悪感を感じていたような気がします。

 

きびしい対応をされる

「なんで外に出られないんだ」
「甘えているんじゃない」

のようなきびしい言葉を投げかけてくれます。(特にひきこもりが長期化すると)

きびしい言葉というか、ほとんど正論の言葉です。
けれど、ひきこもっている当時は、正論を言われてもそれでも外に出ることができなかったので、やはり申し訳なさを感じてつらかったです。

また、「正しい言葉を聞いて、正しい行動を取れるような人間ならそもそもひきこもっていない」みたいな反発を感じていました。そして、そのことに対してつらさを感じていました。

 

外に出ること、将来の末路までを想像するとつらい

部屋にひきこもっていると、社会というものがわからなくなります。

特に一度も働いたことがない学生の頃にひきこもっていたときは、「そもそも社会に出たことがない」という働くことへの不安に加えて、「引きこもりを受け入れてくれる場所なんてあるのだろうか」というひきこもりからの脱却という二重の不安に襲われてつらかったです。

また、今のままでずっとひきこもり続けた先の将来を想像すると、その末路は簡単に想像できて、親の死と同時に「死ぬしかない」という結論になりました。

私はそれ自体は別に良かったのですが、その末路に行き着くまでにずっと部屋で何年も何十年も過ごし続けるつまらなさを想像してしまうと発狂しそうなくらいなつらさを感じました。

 

家に親戚が来るとつらい

正月やお盆などの親戚で集まるイベントや、何かの用事で親戚が自分の家(実家)に訪れるときに、親から顔を出して挨拶くらいはしろと言われるのがつらかったです。

また、顔を出せと言われなくなってからも、親戚の声が家で聞こえてくる中で、自分の部屋で大人しくじっと身を潜めているのはしんどかったです。

親戚が来るタイミングでは、ぐっすり眠ってるように体調管理するようにしていました。

 

人に仕事を聞かれるとつらい

ひきこもりニートの場合は、そもそも人に会うことがないはずなので、人に仕事を聞かれるなんて事態は起こるはずがないのですが……例外もあります。

ひきこもりの克服のために、普通の人たちがいる場所に出向いていたときの初対面トークの「お仕事は何されてるんですか?」みたいな質問。

やむなく出向いて役所手続きしないといけないときの窓口での「現在のご職業は?」みたいな質問。

深夜ブラブラと出歩いて徘徊していたら、通りかかった警察に職質されて質問攻めにあって「無職ね」というつぶやき。

これらは、その場から逃げ出したいという衝動が芽生えるつらさでした。

 

貯金額が減っていくとつらい

自分の生活費を、自分の貯金からまかなっているタイプのひきこもりニートにとっては怖ろしいことです。

特に一人暮らししているタイプの貧乏ひきこもりニートにはつらいものです。

家賃や光熱費などのすべてを自分で支払っていると、毎月の支出額によって貯金がどんどん減っていく一方の現実を目の当たりにするとヤバイなと感じます。

私の場合は、しばらく通帳を見ていなくて、久しぶりに通帳を見たときにマイナス金額になっていることを見たときの衝撃が忘れられません。(働かなければと思いました)

 

ひきこもっていない友人から連絡が来たときに無視してしまうのでつらい

ひきこもり初期の頃には、わりとあることなのですが、友人から「ひさしぶり? 元気?」みたいなラインなどの連絡が来ることがあります。

こういった連絡に対して、友人はまともに生活をしている存在なので、自分のひきこもりニートである現状を知られたくなかったりして、なんて返事をすればいいのかわからなくて連絡を返すことができなかったです。

連絡を返さずに無視してしまうことが申し訳なくてつらかったです。

 

友人の話を聞かされたやSNS投稿を見るとつらい

親などから自分の友人の充実した人生の話を聞いたときや、FacebookやTwitterなどのSNSで友人の楽しそうな投稿を見たときはつらくなりました。

自分は人生が止まったままで、部屋でつまらない生活を送っている一方で、昔は同じ場所で過ごしていたはずの友人たちは楽しく人生を過ごしているという現実。

社会からどんどん取り残されていく感じが怖かったことを覚えています。

 

街中で偶然に知人に会うとつらい

これはひきこもりニートをやっている最中というよりも、ひきこもりニートからの脱出をしたばかりの頃にあるとつらい体験です。

それなりの規模の街ならば色んな場所があるわけだし、知り合いも少ないから誰にも会うことなんてないと、タカをくくっていると、思いがけずに出会ってしまうのが人生の不思議なところです。

出会って、話に誘われて、断れずに付き合うことになってしまうと……
人との会話能力が落ちているし、社会に復帰して間もないからまともな話題もない状態で話さないといけなくなります。

自分がひきこもっていたということを知らない人でも、話しているとその挙動不審っぷりに怪しまれたりするのでつらいです。

(経験を積んで)挙動不審にならずにうまく誤魔化せるようになっていたとしても、楽しそうに話しかけてくる人に対して素直に全てを話せていないという罪悪感を感じてつらいものです。

 

ひきこもりニートはつらい

ひきこもりニートがつらいと思うことは細かくあげればもっとあるのですが、私は上に書いたような出来事の時つらかったです。

また、こうして列挙してみるとひきこもりニートって、生きるだけでつらいと思うことが多いなと思いました。

 

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